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2012年10月02日

安保条約の成立―吉田外交と天皇外交 (岩波新書) 豊下 楢彦

第二次世界大戦以後の日本社会を知るために、きちんと把握しておく必要があるものを3つ挙げるとすれば、
・日本国憲法
・講和条約(俗にいうサンフランシスコ条約)
・安保条約
になると思う。
その中でも、成立の経緯が一番不透明なのが安保条約だ。本書はその歴史に、当時の責任者であった吉田茂首相と、昭和天皇の行動を追っている。

もちろん、ここで触れられている安保条約は現在のものではない。現在のものは60年に岸内閣(安倍自民党総裁・元総理の祖父)によって改正されたものだ。しかし、その基礎が、吉田茂が調印した元祖「安保条約」にあるのは疑いようがない。
驚くのは、当時のアジア情勢を機敏に見て、もっともっと日本有利な条約を結ぶ計画や動きが、日本側にあったことだ。しかし、日本は日本をいかに有利にするかを考えるのが当然だろう。また、憲法9条を活かし、アジア全体を武装解除する計画まで当時の日本政府内にはあったというのだから、正直なところ新鮮に驚いた。
しかし、結果として結ばれた条約は「日本が米軍に要請して駐留してもらう」という屈辱的なものだった。
なぜこうなったのだろう。吉田はなぜ、前後矛盾する主張してきたのだろう?それを解明するのが本書の目的と言える。

閑話休題、ほんの何年か前まで、国家の全権を握る立場にあった昭和天皇。憲法改正によって「象徴」扱いになったからといって、敗戦とはいえその状況を何の抵抗もなく受け入れられるはずもない。また、絶対主権者に従っていた高官たちも同様だ。
戦後すぐ、日本を統治したGHQの最高司令官はマッカーサー米元帥で、日米交渉、日本の戦後処理はマッカーサーの元に行われていた。ところが講和条約交渉の最中、米国の対日交渉担当はダレス特使に変わり、その後マッカーサーは離日、事実上更迭された。
そしてこの年、天皇がダレスに送ったとされる書簡がある。沖縄を売り渡すようなメッセージもその一つだ。

吉田の言動に、天皇はどう影響を与えてきたのだろう。安保条約とはいったい何なのか。
最後は仮説を提示して本書は締めとなる。興味深い仮説だ。その内容がどのようなものなのかについては、ぜひ本書を手にとってお読みいただきたい。

また、著者による領土問題についての講演メモも公開しているので、併せてお読みいただけると幸いです。
http://togetter.com/li/366202

最後までお読みいただき、ありがとうございます。





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posted by KEN-NYE at 18:31 | TrackBack(0) | 読書感想文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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