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2012年05月05日

核開発と日本の憲法と政治との変遷を時系列で追ってみる

2012年5月3日、神戸で開催された憲法集会。

小松浩・立命館大学法学部教授の講演「小選挙区制によって劣化する日本の政治」
小森陽一・東京大学大学院総合文化研究科教授の講演「3.11以後の日本の憲法と思想」

二つの講演で大切だなと思ったのは、近現代史をもういちど時系列に沿って捉え直してみること。

小森教授のレジュメを元に、自分が気になる事件などを大幅に追加したのが以下の年表です。
(気になる出来事を挙げていくときりがないので、体力の続く範囲内で妥協しました)


1945年
2月4日〜11日 ヤルタ会談
3月26日沖縄に米軍上陸、陸上戦開始
5月7日ドイツ降伏(ベルリンを包囲し直接降伏させたのはソ連。アメリカは覇権を取り損ねた。
6月23日沖縄での地上戦、いちおうの終結(この後も散発的な戦闘は発生している)
7月16日アメリカによる世界初の核実験成功
7月17日日本の降伏条件を決めるポツダム会議が始まる
7月26日「ポツダム宣言」発令
7月28日 日本政府、ポツダム宣言の黙殺を決定
8月2日ポツダム会議終了
8月6日広島への原爆投下
8月8日ソ連が対日参戦を決定
8月9日長崎への原爆投下
8月9日ソ連の対日参戦(満州)
8月10日日本政府がポツダム宣言受諾を通告
8月15日終戦発表

1947年
5月3日 日本国憲法発効
9月20日 天皇がマッカーサーに宛てた書簡で「米国の沖縄占領の継続を望む」と綴る

1950年
6月25日 朝鮮戦争勃発(北朝鮮による南への奇襲攻撃)
6月27日 国連安保理にて弾劾決議(拒否権を持つソ連は欠席)
7月7日 日本駐留の米軍が朝鮮戦争に参戦

1951年
8月10日 GHQの命令により警察予備隊(自衛隊の前身)を創設
9月8日 サンフランシスコ講和条約、日米安全保障条約の締結


1952年
2月28日 日米地位協定締結
4月28日 日本の主権回復(サンフランシスコ講和条約発効)
11月1日 アメリカによる人類初の水爆実験成功(ただし重量は65トンあり、実用化にはほど遠い)

1953年
7月27日 朝鮮戦争終結(休戦協定の締結)
8月12日 ソ連が実用的な水爆実験に成功したと発表(厳密には水爆ではなかったとの説もあり)
12月8日 アイゼンハワー米大統領が国連で「平和のための原子力」演説を行う

1954年
3月1日 アメリカがブラボー水爆実験を実施(
3月2日 1954年度国会予算編成において中曽根康弘氏らが原子力予算を提案
3月3日 上記原子力予算(2億3500万円、ウラン235にちなんだ額)が承認される
3月14日 1日のブラボー水爆実験で被爆した第五福竜丸が焼津港に帰還
6月27日 ソ連で世界初の商用原子力発電が開始される

1955年
10月31日 日本社会党の再統一
11月15日 自由民主党結成 55年体制(日本における二大政党制)の確立
12月19日 原子力基本法成立

1956年 イギリスで初の商用専門原子炉が稼働
1957年 IAEA(国際原子力機関)の設立、アメリカで商用発電開始

1963年10月26日 日本における原子力発電開始(実験段階)
1966年 日本初の原子力発電所が完成

1968年 NPT(核不拡散)条約成立

1971年 アルバニア決議・・・国連における「中国」の代表権がが中華民国から中華人民共和国に移る(安保理常任理事国も)

1972年
5月14日 沖縄の施政権が日本に返還される

1974年
10月 米議会で米退役海軍少将のラロック氏が「核兵器搭載可能な艦船は日本あるいは他の国に寄港する際、核兵器を降ろすことはしない」と証言

1975年
3月18日 神戸市議会にて「核兵器積載艦艇の神戸港入港に関する決議」が採択される

1979年
3月28日 スリーマイル島原発事故発生

1986年
4月26日 チェルノブイリ原発事故発生

1990年
8月2日 イラクがクウェートに侵攻
11月29日 国連が武力攻撃容認を決議

1991年 
1月17日 多国籍軍がイラクへの攻撃を開始
3月3日 イラクが国連決議を受諾
4月11日 停戦が発効
4月24日 掃海艇の派遣(自衛隊の史上初の海外派遣)
12月25日 ソ連崩壊

1993年
7月18日 55年体制の崩壊(細川連立内閣。これ以降日本の政権はほとんどが連立で成り立っている)

1994年
3月4日 小選挙区制の成立
6月20日 村山内閣の成立(55年体制で二大政党だった自民党と社会党の連立)
12月10日 新進党結成(多数の小政党連立から、再び二大政党制を目指す動き)

1995年
1月17日 阪神・淡路大震災の発生


1998年
10月 民主党の結成(96年に結成した民主党と、分裂した新進党の大部分が合流、二大政党本格化)

1999年
5月28日 周辺事態法の成立

2000年
9月11日 同時多発テロ発生

2001年
10月7日 NATOがアフガニスタンへの攻撃を開始
11月2日 日本でテロ特別措置法施行(自衛隊が「後方支援」として洋上給油に参加)
12月22日 暫定政府樹立、

2003年
3月20日 イラク戦争開始
6月6日 武力攻撃事態法関連3法成立

2004年
6月14日 国民保護法など7法成立

2009年
7月21日 民主党を中心とする連立政権が成立。いわゆる政権交代。

2010年
8月31日 オバマ米大統領がイラク戦争の終結を宣言


2011年
3月11日 東日本大震災発生、福島原発事故発生
4月 新憲法制定議員同盟=非常事態条項の親切

2012年
4月28日 サンフランシスコ条約から60年、自民党が新憲法草案を発表


米ソの覇権対立は、第二次世界大戦中、戦勝国の成果、いわば「分け前の配分」からずっと続いてきました。
沖縄を占領したことでほぼ勝利を手中にしていたにもかかわらず、広島・長崎と短期間に原爆を2発も投下した米国の意図は、戦勝国の利権分配で日本に関するものを独占したいというところにあったのでしょうか。
そして沖縄。元々は占領後さらに「日本本土を攻撃する拠点」として基地を作っていった。実際、それまでは航続距離の長いB29を使い、高高度からの空爆しかできなかったアメリカが、沖縄占領後はグラマン製の戦闘機による爆撃を行えるようになっていたわけです。(その時期の日本の防空能力はほとんど無し、つまり制空権を握られた状態)
普天間飛行場は、沖縄戦の途中(米軍が宜野湾市一帯を制圧した時期)から建設が始まったのです。つまり、少なくとも当初は、「日本を攻撃するために」作られた基地である、ということです。

核兵器開発と平行して原子力発電が進められ、NPT条約で核兵器については五大国以外の保有を禁じるいっぽう、米ソは同盟国への核技術(原子力発電)輸出を進めてきました。石破茂氏の「原子力発電を維持することは潜在的な核抑止力を保有することである」と国防的な観点からの発言も納得のできるものです。
米国がイスラエルはNPT不参加も咎めない一方でイランの核開発に過剰反応を見せるのは、やはり核発電技術の保有が「国際的影響力の増大」として無視できない、アメリカに従属しない国が技術を保有するのは避けたいという政治的意図が絡んでるのでしょう。

警察予備隊は、日本を占領している米軍が朝鮮戦争へ出動して、治安維持が手薄になるから、ということで創設されたとのことです。
つまり、「日本国民を守る」のではなく、「日本国民からアメリカを守る」のが当初の役割だったんですね。
もちろん、今の自衛隊のみなさんは、「日本を守る」という意識で働いていらっしゃるものと思います。
確かに、阪神大震災の直後、給水や風呂の提供で自衛隊には世話になった恩があります。
東日本大震災でも、大変な活躍をしておられるでしょう。
しかし、湾岸戦争で「Show the Flag!」とブッシュ大統領(父)に恐喝され、記念切手に日の丸を入れてもらえなかった頃からの日本政府のなし崩し的な海外派兵のありようは酷い。
憲法九条を破壊し、アメリカの下僕として、隊員の命を国際利権獲得の道具にするような振る舞いには反対です。


日本ではイギリスの真似をして小選挙区制が導入され、政権交代が実現しましたが、55年体制以後はじめての「自民党の下野」は中選挙区制度下で起きています。
大本のイギリスでは、対案として提案されたAV方式が酷かったのか、国民投票で否決されましたが、比例代表制を導入しようという動きがあります。

先進国の中で、国民一定数あたりで見た第一議会(日本なら衆議院、英米なら下院)議員数が日本より少ないのはアメリカだけです。(アメリカは連邦国家であり、州の政治の方が中心なので比較対象として微妙)
「議員が身を切る」というなら、定数削減の前にまず政党助成金の返上が先じゃないでしょうか。
政権選択のため「だけ」に議会選挙が存在するのなら、直接に大統領「だけ」を選んで、その人に任せてしまえば済むことでしょう。議会なんていらない、って話になってしまいます。
でも、そうじゃない多様な意見を政治に反映させるため、権力の暴走を監視するために、議会というものは存在しているんだと私は思います。
多数決というのは民主主義における手続きの一つの手法にすぎません。そこに至るまでに、いかに多様な意見に耳を傾けて、よりよい施策を追及するのか。たしかに手間はかかりますが、「ひとりの英雄の判断」に任せるのは危険です。口喧嘩だけ強い人が権力を握り、一方的独裁をふるって、いつのまにか自分の権利が侵害されている事態に繋がります。

どんな議会制度がいいのか、民主主義とは何か。自分の中でも確固たる案があるわけではありませんが、たとえば衆議院は全国1区のみで比例代表制、600議席。参議院は県代表のみ(衆院が比例だけになるなら、参院は比例を無くして各選挙区定数を現在の倍にしてもいい)。もちろん政党助成金は廃止。各委員会での議論はすべてUSTREAMで配信、透明化を進める、とかね。
まあ、数字のところは素人が口を出すとパズルになっちゃうので説得力が薄いんですが、あくまでイメージということで。


他にも言いたいこと、気になることは多々・・・
なんだかまとまらない文章ですが、いろんなことを考えた65歳の日本国憲法誕生日なのでした。


posted by KEN-NYE at 02:31 | TrackBack(1) | おかたいはなし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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